- 2016年8月30日 11:55 PM
- CACICOの毎日
シン・ゴジラを観てきました。
それも複数回、・・・回数は秘密です。
日本の特撮映画には、結構長い間、裏切られてきました(勝手な見解)が、
今回は久しぶりに違いました。
昨年「進撃の巨人」で致命傷を負ったため、「テラフォーマーズ」は当然スルー、
しかし、ゴジラの新作とあらばと、討ち死に覚悟で観に行ったのですが、
これがもう、SFファンなら花丸あげたいほどの出来。
シン・ゴジラの評論は、ネット上に大量にあるため、あまり被らない視点で書いてみます。
今回の映画が良く出来ていた理由の一つ。
それは通称「アニメカット」と呼ばれる、細かいカット割りにあります。
短いカットを、連続で繋いでいく手法なんですが、
このお陰で、役者の「オーバーアクト」が抑制できてるのです。
劇場などで、映画の予告を数編観ると分かるのですが、
「私の泣き芝居を観て」的な演技がガンガン流れます。
でもまぁ日本の日常では、そんな「オーバーアクト」に出会う機会なんかありません。
と言うか、「ものすごい状況下」に置かれても、
そんな風に「喜怒哀楽」を剥き出しにする人は、極めて少数派。
ぐずっている幼児ぐらいではないですかね。
なのに、映画の中では「ここが感動ポイント」ですよ、と名札ぶら下げて、
役者の「喜怒哀楽」演技が、延々と続く事が多いです。
外国映画であれば、言葉が聞き取れない事もあって、「まぁそんなもんかな」と見逃せるのですが、
自国語でやられると結構辛いのです。
ですがシン・ゴジラでは、「専門用語てんこ盛りの長台詞」と「ごくごく短いカット割り」という組み合わせで、
役者にオーバーアクトを強制しないのです。
ほんのちょっとした口調の変化とか、スマホにちらっと写る待ち受けの家族写真とか、
そんな一コマだけで、「感情」は十二分に伝わるんですね。
昔観たハリウッド映画のワンシーン。
レモネードに「砂糖を入れるか」と尋ね、客が「うん」と言った瞬間、
大さじてんこ盛りで2杯投入したシーンを思い出しました。
味覚も感情も、少なめが日本人には良いのです。
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